最高裁判所第一小法廷 昭和40年(オ)28号 判決 1968年10月31日
上告人
鳥羽照司
ほか四名
右上告人林、同吉井、同松井、
同金山補助参加人
栗田忠次郎
ほか七名
右上告人五名および
補助参加人八名代理人
山田重雄
田中仙吉
右上告人五名代理人
藤田信祐
右上告人鳥羽代理人
中村嘉兵衛
被上告人
朴海東
代理人
安達幸衛
高木善種
主文
原判決を破棄する。
上告人鳥羽に対する請求に関する部分を東京高等裁判所に差し戻す。
上告人林、同吉井、同松井、同金山に対する請求に関する部分の第一審判決を取り消し、右部分の被上告人の請求を棄却する。
上告人林、同吉井、同松井、同金とに関して生じた訴訟の費用および同人らのための補助参加に関する費用は、被上告人の負担とする。
理由
上告代理人山田重雄、同田中仙吉、同藤田信祐、同中村嘉兵衛の上告理由第一点について。
賃貸借契約が賃料不払のために適法に解除された以上、たとえその後、賃借人の相殺の意思表示により右賃料債務が遡つて消滅すべき場合でも、解除の効力に影響を及ぼさないことは、当裁判所の判例(昭和三〇年(オ)第三三二号、同三二年三月八日第二小法廷判決、民集一一巻三号五一三頁)とするところである。
そして、原判決(その訂正、引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の確定したところによれば、上告人鳥羽の賃料債務の不履行を理由とする本件宅地の賃貸借の解除は昭和二九年一二月二七日その効力を生じたところ、上告人らの主張する相殺の意思表示がなされた時期はその後の同二九年一二月二八日または同三二年五月一四日であるというのである。したがつて、本件宅地の賃貸借の解除は右の時期以前に効力を生じているわけであつて、上告人らの主張する相殺の意思表示によりその効力が左右されるものでないことは、前述のところから明らかである。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同第三点について。
原審がその挙示する証拠により適法に認定した事実関係のもとでは、所論権利濫用の抗弁を排斥した原審の判断は、上告人鳥羽に対する関係においては、正当として是認することができる。それゆえ、同上告人に対する関係では、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用するに足りない。
同第二点について。
建物所有を目的とする土地の賃貸借において、賃借人は賃借権を譲渡しまたは賃借物を転貸することができる旨の特約が成立し、かつ、その賃借権の設定および右特約の双方について登記がされているときは、賃貸人が、その賃借権を譲り受けた者またはその賃貸借につき利害関係を有するに至つた者に対し、右賃借権の消滅をもつて対抗するためには、民法一七七条の規定を類推適用して、その旨の登記を経ることを要するものと解すべきである。けだし、賃貸借はいわゆる債権契約であつて、賃借権は指名債権の一種に属するが、前記のように、建物所有を目約とする土地の賃貸借で、賃借人が賃借権を譲渡しまたは賃借物を転貸することができる旨の特約があり、かつ、賃借権の設定および右特約の双方について登記がされている場合には、その実質においては建物所有を目的とする地上権の設定契約が登記を経ている場合と異なるところはないから、その権利の得喪、変更についてはこれに準じて取り扱うのが相当だからである。
ところで、原判決は、本件土地はもと田崎福蔵の所有であつて、上告人鳥羽が昭和二二年一〇月二八日これを普通建物所有を目的で、賃借人が賃借権を譲渡しまたは賃借物を転貸することができる旨の特約のもに賃借したこと、被上告人は昭和二七年九月五日右田崎より本件土地を買い受けてその所有権を取得するとともに賃借人の地位を承継し、同年一一月六日その所有権取得登記を経由したこと、本件土地については賃借権の設定および前記特約について登記がされていること、上告人鳥羽を除くその余の上告人らは昭和三〇年一二月頃上告人鳥羽から本件賃貸借の賃借権持分の譲渡を受け、その頃各賃借権持分取得登記を了したこと、本件土地の賃貸借は上告人鳥羽の賃料不払を理由として昭和二九年一二月二七日被上告人から適法に解除されたことなどの諸事実を確定したうえ、賃借権が指名債権に属することを理由とし民法四六七条以下の規定を適用し、賃借権の設定登記の抹消登記手続がされていなくても、賃貸人である被上告人は、本件賃借権の譲受人である上告人鳥羽を除くその余の上告人らに対して、賃借権の消滅をもつて対抗することをうるものと判示している。
しかしながら、原審の確定した本件賃貸借においては、被上告人は、上告人鳥羽を除くその余の上告人らに対しては、賃借権の譲渡に関する登記手続がなされる前に賃借権設定登記の抹消登記手続を経るのでなければ、その賃借権の消滅をもつて対抗することができないことは、さきに説示したところから明らかであり、これと異なる原判決には、法令の解釈、適用をあやまつた違法があり、破棄を免れない。
次に被上告人鳥羽に対する請求について考えるに、右判示の事実関係のもとにおいては、前記賃借権を同上告人はその余の上告人らと準共有の関係において有していたものと解されるから、被上告人は上告人鳥羽に対して同上告人の有していた賃借権の持分についてその移転登記手続を求め得たのであつたのであり、原審が何らこの点について釈明権を行使しなかつたのは、審理不尽のそしりを免れないものというべきである。
よつて、原判決を破棄し、上告人鳥羽に対する請求の部分は、これを原審に差し戻すべきものとし、その余の上告人らに対する請求については、第一審判決を取り消して、被上告人の請求を棄却することとし、民訴法四〇七条、四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、九四条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(大隅健一郎 入江俊郎 長部謹吾 松田二郎 岩田誠)